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福岡高等裁判所 昭和49年(行コ)10号 判決

控訴人

北九州市交通局長 都甲陽一

右訴訟代理人

苑田美穀

外二名

右指定代理人

上野至

外五名

被控訴人

中島定樹

右訴訟代理人

谷川宮太郎

外三名

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

本件解雇処分は、既に述べた本件争議行為の目的、態様、程度及び本件争議行為における被控訴人の役割に加え、次の諸事情に鑑み、社会通念上妥当な処分というべきである。

一  北九州市発足前、被控訴人は、旧若松市運輸部職員として同市営バスの運転業務に従事し、かつ、旧若松市運輸部労働組合の執行委員長であつたが、昭和三四年一二月二、三日のえびす祭に際して運輸部当局がバス増車運行計画を企画したところ、右労働組合が超勤拒否闘争を行い、当局のバス増車運行計画の実施を不能ならしめたうえ、バスの運行を労働組合の手によつて行う、いわゆる業務管理を行うことを企図し、二日にバス一〇台、三日にバス一五台を当局の承諾をうけずに無断で持ち出し、当局の業務命令に基づかないで不法にバスの運行を行つたため、この違法争議行為の責任を問われ、昭和三四年一二月一一日付で地公労法一二条により解雇された。

被控訴人は、その後反省したとして復職を願い出て、これを仲介する者もあり、昭和三五年一月一五日復職するに至つたが、真実反省のいろはなく、その後も北九交通労組執行委員長として違法行為を反覆し、その都度懲戒処分を受けた。その状況は次のとおりである。すなわち、被控訴人は、いずれも地方公務員法二九条一項一号により、(イ)昭和四〇年一〇月一四日、「昭和四〇年七月三〇日、北九州市長が議会に付議した組織改正に反対するため、議会議事堂内に交通局労働組合の最高責任者としてはいり込み、議会の正常な運営を阻害した。」ことを理由に、戒告処分に、(ロ)昭和四二年八月二日、「昭和四二年六月二一日ころから同年七月六日ころまでの間、北九州市交通局の業務の正常な運営を阻害した。」ことを理由に、停職六か月に、(ハ)昭和四二年一二月一日、「昭和四二年一〇月二六日始発時から三〇分間バスの出庫阻止を、始業時(非乗務員)から三〇分間職場集会を、それぞれ行い、業務の正常な運営を阻害した(運休本数三本、影響人員五三名)。」ことを理由に、停職一か月に、(ニ)昭和四三年一一月二日、「昭和四三年一〇月八日始発時から二九分間バスの出庫を阻止し、業務の正常な運営を阻害した(運休本数二本、影響人員四〇名)。」ことを理由に、停職三か月に、(ホ)昭和四四年五月六日、「昭和四四年四月一七日始発時から三〇分間バスの出庫を阻止し、業務の正常な運営を阻害した(運休本数四本、影響人員五一名)。」ことを理由に、停職三か月に、それぞれ処せられている。

二  本件争議行為に関与した執行委員長である被控訴人を除く他の執行委員全員に対する懲戒処分は、「小林事件として既に最高裁判所の判決が確定しており、書記長小林博司につき停職六か月、他の執行委員八名につき各停職二か月であつた。北九州市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例四条一項は、「停職の期間は、一日以上六月以下とする。」と規定しており、書記長である小林博司は、停職期間の最長の処分を受けたものであるが、このことに対し、小林事件控訴審判決は、「本件処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず」と判示しており、そのことは、執行委員長である被控訴人に対する解雇処分が「社会通念上著しく妥当性を欠く」処分ではないことを示すものにほかならない。

(被控訴人)

本件解雇処分は、次の理由により、解雇権の濫用である。

一  本件争議行為は、地公労法の適用を受ける地方公営企業職員の賃金決定に密接かつ重大な関連性を持つ人事院勧告の完全実施を要求として掲げたものであり、目的において正当かつ適法である。

殊に、北九州市交通局にあつては、昭和四二年一一月一日給料表を行政職(二)表に切り替えられて、賃金水準が低下する一方であつたことに加え、昭和四三年の賃金確定に際しては、一般職より三か月実施期間を切り下げられていた。従つて、本件争議行為に際し、北九交通労組が「今年こそ賃金引き上げは人勧及び一般職と格差のないように」といういわば最低の要求を掲げてストライキ実施の意思結集をみることになつたのである。

二  本件争議行為は、右に述べた一般組合員の意思結集をふまえ、北九交通労組の大会や職場集会あるいは執行委員会等において民主的な討議を経て決定、実施に移されたものであつて、被控訴人は、北九交通労組の執行委員長として、規約に定められた任務を遂行したのみであり、その行為は、通常争議行為の際執行委員長としてなすべき職務行為の域を出ていない。

三  地公労法一一条一項等争議行為禁止規定にみられる労働基本権制限の法理は、国民生活の利益保障という観点から政策的に課された限界である。そして、ある行政目的をもつた法規の違反に対する制裁は、その目的を達するために合理的と認められる必要最少限度のものでなければならず、従つて、国民生活全体に重大な支障をもたらす度合いに応じて、法規違反に対する制裁の度合いも幅のあるものでなければならない。

しかして、本件争議行為の影響は、ダイヤ二二本に及んだのみで、いずれも全てが運休したのではなく、中途回復のダイヤ本数も数多くあつたのである。そして、影響を受けたダイヤは当時の系統路線の一日のダイヤ総本数五五〇本の四パーセントにしかすぎず、乗客への支障もたかだか三〇〇人余にしかすぎなかつた。しかも、その後八幡製鉄の勤務時間の変更により、右二二本のうち一一本が廃止されているのであつて、右の事実からみる限り、本件争議行為の影響は極めて軽微であり、また、支障を受けた乗客も不特定多数ではなく特定少数にすぎず、容易に代替輸送機関を利用することによつて、いわゆる迷惑を解消することが容易に可能であつた。さらに、本件争議行為は、ストライキの終了時である午前六時を二〇分経過した時点で通常ダイヤに復しており、その点でも本件争議行為の影響はごく軽微であつた。

四  本件争議行為は、全国の公務員労働者の統一闘争として行なわれたものであり、また、都市交傘下にあつても三十数都市の交通労組がストライキに突入したのであるから、禁止法規違反に対する処分が全国的になされていることを考えれば、広い意味で処分の内容、程度にも全国的な均衡が考慮されるべきである。

北九交通労組の本件争議行為は、都市交全体の中でもごく小規模のものに属しているのに、何故に北九州市交通局のみ他に類例をみない地公労法一二条による解雇を発令しなければならないのか、理解に苦しむ。ピケ形態あるいは営業所出入口で集会によるバスの出庫阻止は、都市交九地連の中でもいくつかの交通労組において採られている戦術であり、ことさら北九交通労組のみを特殊視しなければならない理由もない。

五  このように、本件争議行為に至る経緯、目的、争議行為の状況、規模、争議行為の影響及び争議行為における参画の度合い、他の処分との均衡など諸般の事情を考慮すれば、本件解雇は、必要な限度を超えて苛酷にすぎ、合理性、妥当性を欠くので、結局解雇権の濫用として無効である。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一当事者の関係その他

控訴人が地方公営企業法の適用を受ける北九州市交通局の管理者であり、被控訴人の任免権者であること、被控訴人が昭和四五年一月三一日当時北九州市交通局の運輸課に技術吏員として勤務していたこと、北九州市交通局に勤務する職員によつて組織される労働組合には、北九州市交通局労働組合(以下「北九交通労組」という。)と北九州市交通局新労働組合とがあり、北九交通労組の機関が大会、中央委員会及び執行委員会から成り、被控訴人が当時執行委員長であつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、〈証拠〉によると、北九交通労組は、総評傘下の日本公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)及び日本都市交通労働組合連合会(以下「都市交」という。)に加入しており、昭和四四年当時組合員数は約四〇〇名(職員数は、後記のとおり約四六〇名)であつたことが認められる。

二解雇処分の存在

控訴人が昭和四五年一月三一日付で被控訴人に対し、「昭和四四年一一月一三日北九州市交通局労働組合が始発時から六時までの間、時限ストをおこない、バスの運行を阻止し、北九州市交通局に対し業務の正常な運営を阻害する行為をしたことについて、これに積極的に関与した。」との理由で地公労法一二条による解雇処分を発令したことは、当事者間に争いがない。

三処分事由たる争議行為の存在

昭和四四年一一月一三日始発時から午前六時ころまでの間、北九交通労組ストライキ(本件争議行為)を実施したことは、当事者間に争いがない。

1  北九州市交通局の概要

(一)  事業内容

〈証拠〉によると、北九州市交通局は、主として自動車運送事業を営む地方公営企業であり、昭和四四年当時、職員数約四六〇名、免許キロ数88.7キロメートルで、北九州市内の若松区の全域、戸畑区と八幡区の一部及びその近郊が事業地域であり、営業所は二島営業所、折尾営業所、小石営業所の三か所、バス保有台数は、貸切り車輛を含めて一四六台、一日平均輸送人員は約七万九〇〇〇人であつたこと、右事業地域のうち、免許キロ数でいえば88.7キロメートル中18.8キロメートルが、地域でいえば概略若松区以外の地域が西日本鉄道株式会社の経営するバス事業と競合していたが、その他の地域では、競合関係に立つ公共の交通機関はなかつたことが認められる。

(二)  財政状況

〈証拠〉によると、北九州市交通局は、経営状態が悪く、昭和四〇年度末において赤字であつたことから、昭和四二年七月一五日、地方公営企業法による財政再建計画について自治大臣の承諾を得て、財政再建企業となり、本件争議行為当時財政再建期間中であつたことが認められる。

2  本件争議行為に至る経緯

(一)  組合による争議の準備

〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(1) 北九交通労組は、前記のとおり、公務員共闘及び都市交の傘下にあつたものであるが、昭和四四年度の賃金闘争(第一〇次賃金闘争)についても、右上部団体の闘争方針に従うこととし、まず、同年六月二八日に開かれた第二回中央委員会において、右方針に則り、基本賃金の一万円以上引上げ、最低賃金二万五〇〇〇円の確保、給与表一本化等の要求内容を決定し、同年七月八日ころ北九州市交通局(以下「当局」という。)に要求書を提出した。そして、同月一七日、右要求書に基づく第一回目の団体交渉が開かれたが、当局から右要求書に対する具体的な回答は得られなかつた。八月一五日、人事院勧告(ベースアップ10.2パーセント、五月実施、平均賃上げ額五六六〇円)が出された。

(2) 公務員共闘は、右人事院勧告に対し、同年八月一九日と九月五日の二回にわたり幹事会で討議した結果、「秋季年末闘争方針案」を決定し、人事院勧告完全実施、地方公務員・地方公営企業体職員の賃上げ財源確保、最低賃上げ幅四〇〇〇円、期末手当0.2パーセント増額等を闘争の重点目標に掲げ、最重要期には、二時間のストライキをもつて闘うことを定めた。そして、同年九月一二日、代表者会議で右方針を確認し、一一月一三日を全国統一行動日と決定した。

都市交も右方針を確認し、人事院勧告の完全実施等の賃金要求事項に加え、佐藤首相の訪米に対する抗議を重点目標として、右全国統一行動日に統一ストを行うことを決定した。

(3) 北九州市人事委員会は、同年一〇月二一日、勧告を出したが、これに対し、北九交通労組は、第五回中央委員会において、一一月一三日の早朝統一時限スト実施という都市交の方針をそのまま北九交通労組の方針とする旨決定した。そして、全組合員の意思統一をはかるため、職場集会を重ね、最終的には、一一月六日から三日間にわたり、一一・一三スト実施についての賛否投票を行つた結果、組合員投票総数三九八票のうち三一八票の賛成を得たうえ、第六回中央委員会で具体的な闘争の形態、戦術や一般市民への事前通報等の問題について確認するとともに、同月一〇日第二〇回臨時組合大会を開催し、一一・一三スト実施を決定し、ストライキの最終的な準備体制を整えた。

(4) 公務員共闘会議は、同月一一日政府が人事院勧告の六月実施を閣議決定したのに対し、常任幹事会、戦術委員会を開催して、既定方針どおり、一一・一三統一スト実施を決定した。

都市交は、右公務員共闘の決定を受け、直ちに中央執行委員会を招集し、同月一一、一二日の両日にわたる同委員会において、公務員共闘の右方針を批准し、同日各地方本部に行動指令を発した。

北九交通労組は、スト実施予定を翌日に控えた一一月一二日、当局と前記要求書に基づく第二回目の団体交渉を行つたが、具体的回答を得られないまま、都市交本部からその九州地方本部を経由して、全国統一行動に参加し、ストに突入せよとの指令を電話で受け、同日、速報をもつて各組合員に指令を伝達するとともに、スト当日は、二島、小石両営業所においては午前四時に、折尾営業所においては午前四時一〇分に、それぞれ動員に参加すること、ヤッケ、腕章を着用し、執行委員、支部長の指示に従い一糸みだれぬ行動をとること等を指示した。さらに、執行委員会において、当日の組合員の行動を指導するため、各営業所に組合役員を配置することを決めた。

(二)  当局の争議に対する対応

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

当局は、昭和四四年一〇月下旬ころ、北九交通労組が中央委員会において一一・一三ストを実施する旨決定したことを知り、同労組においてさらにその後もスト実施の体制固めをしている事実を踏まえ、一一月一一日、右争議行為の実施に及ぶことのないよう厳重に警告するとともに、違反者に対しては厳しい措置をとる旨付言した「警告書」を交通局津島総務課長を通じて北九交通労組小林書記長に手交した。さらに、各職員あてには、交通局長芳賀茂之名でほぼ同趣旨の「一一・一三時限ストに対する警告」と題する書面を各職場に掲示し、また、同月一二日の団体交渉の席上でも、右争議行為をしないよう重ねて注意した。

3  本件争議行為の実施状況

(一)  二島営業所

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

二島営業所では、当日午前四時すぎ、組合員や支援団体の者約一二〇名が車庫の出入口付近に集合し、その場で集会を開催し、労働歌を合唱する等の行為を始めた。四時二七分ころ、仕業点検を終えた四時三二分発のワンマン一番勤務始発車が、石川運輸係長の誘導で、集会をしている組合員らの直前まで進行し、クラクションを吹鳴させて停車し、志水営業所長が携帯マイクを用いて数回退去要請をしたが、組合員らはこれを聞き入れず、始発車は出庫に至らなかつた。続いて、五時発のワンマン二番勤務のバス以下ツーマン一番勤務、ワンマン一四番勤務、ワンマン一五番勤務の各バス計四台がそれぞれ始発車と同じような状態をくり返した。

この間集会は、永松執行委員の司会で進められ、支援労組や社共両党からの激励の挨拶等が行われた後、午前六時に終了し、組合員らは解散した。

被控訴人は、二島営業所における組合側責任者として、同営業所に臨み、組合員らに指示して、市職労のニュースカーを車庫の出入口を閉鎖する形で駐車させたり、集会で挨拶をするなど争議を実地に指導した。

(二)  折尾営業所

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

折尾営業所では、当日午前四時前から三か所の出入口のうち二か所を車輛で封鎖し、四時三〇分ころから三つ目の東側出入口付近に組合員ら約一〇〇名が集合し、川原執行委員の司会で集会を始めた。午前四時四〇分ころ、ワンマン一番勤務のバスが、栗本運輸課長の誘導で、右出入口付近にいた組合員らの近くまで来て停止した。そして、筒井所長が携帯マイクにより数回退去要請をしたが、無視され、右バスは出庫に至らなかつた。その後に続く五台のバスについても同様の状況がくり返された。

この間、集つた組合員らは、労働歌を合唱し、小林書記長や支援団体、社共両党からの激励の挨拶等を受け、午前六時に集会を終えて解散した。

(三)  小石営業所

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

小石営業所では、当日午前四時五〇分すぎ、数名の支援団体員を含めた小石営業所勤務の組合員ら約八〇名が、同営業所正門出入口付近で集会を開催した。五時の一番バスの出庫がせまつた四時五五分ころ、宇佐美係長が場内マイクを使つて出入口付近で集会をしている組合員らに対し、通路をあけてバスの出庫を妨げないよう数度要請をくり返すかたわら、石田管理課長が五時発の一番バスを出入口方向に誘導したが、右バスは出庫に至らなかつた。ついで五時一〇分、五時五〇分にそれぞれ出庫時刻となつた各バスも、類似の状況により出庫に至らなかつた。

集会では、岩本執行委員の経過報告のほか、来賓者からの激励の挨拶等が行われ、組合員らは、六時に集会を終えて解散した。

(四)  バス出庫阻止の形態

〈証拠〉によると、ストの時間帯に乗務する予定の北九交通労組の組合員は、本件争議行為に参加するについて、端的に就労を拒否するという方法によらず、職場集会等の機会にあらかじめ説明を受けたとおり、一応表向きには、当局の業務命令に従つてバスに乗務し、出庫するようにみせかけ、他の組合員らが実力でこれを阻止するに任せるという形態をとつたこと、右は、たまたま争議行為中に乗務する当番にあたつた一部の組合員のみが懲戒処分を受けるのを避けるための戦術として、昭和四二年ころから採用されて来た争議形態であつて、この実態については、組合員はもとより、当局も一応察知していたものと認められる。

なお、右バス出庫阻止の形態に関して、被控訴人は、右当番の組合員は、他の組合員らによる阻止行為の有無にかかわらず、バスを出庫させる意思はなかつた旨主張し、一方、控訴人は、あくまで実力による出庫阻止である旨主張する。右争議形態が北九交通労組の意識的な戦術であり、かつ、現にこれが実行されている以上、個々の組合員の内心の意思等をここで詮索してもあまり意味がないように思われるが、ただ、仮定的な事態として、実力による出庫阻止が手違いで行われなかつた場合に、出庫するようにみせかけた組合員が、その内心の意思はともかく、実際に出庫を拒否することができたかどうか疑問である。その意味において、本件争議の実態をもつて実力による出庫阻止と評されてもやむをえないところである。

これに対し、〈証拠〉によると、二島営業所において出庫を阻止されたバスの中には、本件争議行為に参加していない北九州市交通局新労働組合所属の職員岩松、同赤尾が乗務するバス二台が含まれていたことが認められ、そのことは、被控訴人ら組合幹部も知つていたものと推認される。

そうすると、右両名に関する限り、被控訴人らが正真正銘実力で出庫を阻止したことは明らかであり、その違法不当なることは、否定しうべくもない。

(五)  業務の阻害状況

(1) 〈証拠〉によると、本件争議行為は、いずれの営業所においても、始発から午前六時までの間の二時間以内の範囲で実施され、このため運休となつたバスは、二島営業所で九本、折尾営業所で六本、小石営業所で七本の合計二二本であり、これは運休した系統路線の一日ダイヤ総本数五五〇本の四パーセントに該当し、当時運休した右バスに平常乗車していた利用客(主として通勤客)数は、合計三〇〇人足らずの人数であつたことが認められる。

(2) さらに、〈証拠〉によると、本件争議にかかる路線は、多く若松区内であつて、他に競合するバス路線は存在しない地域が多かつたけれども、一一月一三日の早朝始発時より午前六時まで争議行為が行われることは、予定の日が近づくにつれて新聞、テレビ等で報道されていたこと、当局は、同月一二日、争議行為で運休の予定されるバスの停留所毎に、北九交通労組による争議行為が予定されている旨の書面を掲示したこと、北九交通労組も同趣旨のことを主な内容とするビラを各停留所で配布し、あるいはニュース・カーで一般市民に対し争議行為の内容、趣旨を説明してまわるなどして、バス利用者に対する周知を計つたこと、いずれの営業所においてもラッシュ時に入る前に争議行為は終了したこと、なお、争議行為によつて運休となつた二二本のダイヤのうち一一本は、その後、八幡製鉄所の勤務時間の変更に伴うダイヤの改正により、廃止されたことが認められる。

四被控訴人の行為と地公労法一一条一項違反

被控訴人は、北九交通労組が、上部団体の方針に従い、中央委員会でスト参加を決定し、職場集会を重ねたうえ、組合員にスト参加の賛否を問う投票を行い、さらに中央委員会及び臨時組合大会を経て、ストライキの準備態勢を整えるについて、執行委員長として、その役職に応じた指導的役割を果し、本件争議行為の実施を企画、指導したばかりでなく、組合員に対しスト参加に臨み細かい指示を与え、スト当日は、二島営業所において、車庫の出入口に車輛を駐車させてこれを封鎖したり、集つた組合員により集会を主宰するなど現場における指導の実務を果したものであつて、被控訴人の右行為は、地公労法一一条一項後段に該当するものというべきである。

五被控訴人の主張に対する判断

1  地公労法一一条一項、一二条と憲法二八条について

(一)  被控訴人は、地公労法一一条一項による争議行為の禁止は、憲法二八条に違反する旨主張するが、地公労法一一条一項と同旨の規定である国家公務員法九八条二項、地方公務員法三七条一項及び公共企業体等労働関係法一七条一項がいずれも憲法二八条に違反するものでないことは、最高裁判所の確定した判例(最高裁判所昭和四三年(あ)第二七八〇号、昭和四八年四月二五日大法廷判決、刑集二七巻四号五四七頁、昭和四四年(あ)第一二七五号、昭和五一年五月二一日大法廷判決、刑集三〇巻五号一一七八頁、昭和四四年(あ)第二五七一号、昭和五二年五月四日大法廷判決、刑集三一巻三号一八二頁)であり、当裁判所も右見解に従うのが相当であると解する。しかして、右判例の示す法理は、地公労法一一条一項の規定にも基本的に妥当し、右規定による争議行為の禁止は、憲法二八条に違反するものではないと解するのが相当である。

よつて、被控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  さらに、被控訴人は、地公労法一二条の憲法違反を主張し、その論拠として争議行為の集団行動としての特質、一律解雇の不当性及びいわゆる幹部責任の不合理性を挙げるが、争議行為が集団的行動であることは明らかであるとして、その集団性のゆえに、これに関与した者の個人の行為としての面が当然に失われるものではないから、これに対し個人の責任を追及することは、何ら合理性を欠くものではない(最高裁判所昭和五一年(行ツ)第七号、昭和五三年七月一八日第三小法廷判決、民集三二巻五号一〇三〇頁参照)。また、地公労法一二条は、職員が同法一一条一項の規定に違反する行為をしたときは、当該職員を解雇することができることを規定したものであり、被控訴人がいうように必ず一律に解雇することを要するという趣旨ではなく、解雇するかどうかは、議員の行つた違法行為の態様、程度その他の事情に応じ、任免権者の裁量に委ねる趣旨であることが明らかである。さらに、同法一二条により解雇の対象となりうる者は、同法一一条一項の規定に違反する行為をした職員であり、組合幹部は、通常その役割に応じた指導的役割を果すがゆえに、相応の処分として同法一二条による解雇処分を受けることが事実上多いかもしれないが、そのことをもつて同条の憲法違反を論ずるのは正当でない。被控訴人の右主張は、いずれも根拠のない主張であつて、地公労法一二条の規定は、憲法二八条に違反するものではないと解するのが相当である。

よつて、被控訴人の右主張は採用することができない。

2  本件争議行為と地公労法一一条一項

被控訴人は、本件争議行為は地公労法一一条一項の禁止する争議行為に該当しない旨主張するが、同条項は、地方公営企業に勤務する職員等に対しすべての争議行為を一律全面的に禁止した規定であると解するのが相当であつて(前掲最高裁判所各大法廷判決参照)、本件争議行為が同条項の禁止する争議行為に該当することは明らかである。

よつて、被控訴人の右主張は、失当であつて、採用することができない。

3  解雇権の濫用について

被控訴人は、本件解雇処分は、控訴人が解雇権を濫用してなしたものであるから、無効であると主張するので、以下この点について判断する。

(一)  地公労法一二条は、同法一一条一項の規定に違反する行為をした職員を解雇することができると規定するのみで、その具体的な基準について規定を置いていない。従つて、右解雇処分をすべきかどうかは、任免権者の裁量に任されているものと解すべきである。

ところで、地公労法一一条一項は、地域住民の利益を保障し、公共の福祉を増進、擁護する目的から、地方公営企業に勤務する職員の争議行為を禁止したものであり、同法一二条は、右目的を達成するための担保として、争議行為がなされた場合には、その行為に関与した職員を地方公益企業から排除することを認めた規定であるから、同条による解雇処分をなすについては、右規定の趣旨、目的に照し、同法一一条一項の規定に違反する行為の態様、程度、右行為において当該職員の果した役割等当該違法行為そのものに関する諸要素のほか、当該職員の同種行為による処分歴をも考慮して、右解雇処分を行なうのが相当かどうかを決定すべきである。

しかして、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、右の見地に立つてみて、任免権者の裁量権の行使に基づく解雇処分が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したものと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年(行ツ)第五二号、昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決、民集三一巻七号一一〇一頁参照)。

(二)  そこで、以上のような観点に立つて本件をみることとする。

(1) 本件争議行為は、北九州市交通局のすべてのバス営業所において、早朝の始発時から午前六時ころまでの約一時間三〇分にわたつて実施されたものであつて、その結果、その間に出庫すべき合計二二本のバスが運休し、通常これらのバスを利用する約三〇〇名の利用客に影響を与えた。

北九州市交通局のバス事業地域は、大部分が他の公共の交通機関と競合関係にないため、右利用者らは、それぞれに対策を講じて本件争議行為に対処したものと推察され、実害がさほど大きくなかつたとはいえ、本件争議行為によつて地域住民の利益が現に阻害されたことは、否定することができない。

本件争議行為は、賃上げ目的のストライキであり、重点目標の一つに佐藤首相の訪米に抗議が加えられていたからといつていわゆる政治ストと評することはできないが、しかし、だからといつて、本件争議行為が適法視されるものでないことはいうまでもないことであり、その態様が相当でないことは前述のとおりである。

(2) 被控訴人は、北九交通労組の執行委員長であり、本件争議行為が上部団体の方針による統一行動の一環として行われたものであるとはいえ、北九交通労組なりに本件争議行為を敢行するについて、これを企画、指導し、その準備段階から実施に至るまで終始指導的役割を果したものであつて、その責任は重大であるといわなければならない。

被控訴人は、組合幹部として規約に定められた任務を遂行したにすぎない旨主張するが、およそ組合幹部は、違法な争議行為が行われるについて、特に意図的な行動はなく、単にその役割に応じた通常の任務を遂行したにすぎない場合であつても、影響力の少なくないその指導的立場に鑑み、一般の組合員に比べて社会的に責任が重いと判断されてもやむをえないところであり、従つて、被控訴人と本件争議行為とのかかわりが右主張のとおりであつたとしても、被控訴人は、執行委員長として本件争議行為に関与したことについて相応の責任を負わなければならない。

(3) 〈証拠〉によると、被控訴人は、昭和三九年以来北九交通労組の執行委員長の地位にあつたものであるが、昭和三四年一二月一一日地公労法一二条による解雇処分を受けたほか(但し、昭和三五年一月一五日復職)、控訴人主張のとおり、昭和四二年から昭和四四年にかけて四回にわたり、地方公務員法二九条一項一号による停職処分に付されており、特にのちの三件は、本件争議行為と同種の違法な行為をしたことによる懲戒処分であることが認められる。

(4) 以上の本件争議行為の態様、程度、影響及び本件争議行為における被控訴人の役割に加え、被控訴人において本件争議行為前にも同種の行為により過去三年間毎年停職処分を受けながら、なお本件争議行為の企画、指導に及んだことに照すならば、被控訴人のいうように、本件争議行為が目的において正当であり、かつ、他市の交通労組の組合員に対する処分が停職以下の処分にとどまるものであつたとしても、本件解雇処分が社会通念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、任免権者に付された裁量権の範囲を超え、これを濫用したものと判断することはできないものといわなければならない。

よつて、被控訴人の解雇権濫用の主張は、採用することができない。

4  不当労働行為の成否

叙上の説示から明らかなとおり、本件解雇処分は、本件争議行為に関する被控訴人の指導ないし実行行為が地公労法一一条一項に違反する行為に該当することを理由としてなされたものであるところ、右理由が単なる口実にすぎず、控訴人が本件解雇処分をした真の意図が、被控訴人の主張するように、北九交通労組の組織を破壊し、弱体化することにあることは、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

よつて、被控訴人の不当労働行為の主張は、失当であつて、採用することができない。

六結論

以上のとおりであつて、被控訴人に対する本件解雇処分には、これを取消すべき違法の点はなく、その取消を求める被控訴人の本訴請求は、失当であつて棄却を免れない。

よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(中池利男 権藤義臣 小長光馨一)

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